赴任挨拶

理科室の悪魔



 第二部



 二十八

 「えー、それではこの度この学校に赴任してこられることになった前島美津子先生を紹介します。先生は実はこの街のご出身で、当校の卒業生でもあります。担当としては理科の授業を受け持って頂きますが、他に先日体調不良の為に暫く休職されることになった保健体育の福田先生に代わって一部の授業も受け持って頂く予定です。」
 (えっ? 保健体育の先生に代わって・・・? そんなの、聞いてないわ。)
 「じゃ、前島先生。ご挨拶をお願いします。」
 「えっ、あ・・・。あ、あの・・・。この度こちらの学校でお世話になることになりました前島美津子です。専門は生物、化学、物理等の理科科目になります。久々の母校へ戻ってきて緊張していますが、どうか宜しくお願いしますっ。」
 美津子が壇上から深々とお辞儀をすると、パラパラと申し訳程度の拍手が起こるのだった。

校長訊き質し

 「あの、校長先生・・・。私の聞き違いかもしれないんですけど、さっき朝礼での私の紹介の際に理科の授業の他に、休職された保健体育の先生の授業を一部受け持つと聞こえた気がするんですが・・・。」
 朝礼での全校生徒へ向けての赴任の挨拶を終えて校長室に戻ってきた美津子は早速気になっていたことを校長に訊き質す。
 「あ、あれっ? 言ってなかったっけ。この学校は暫く前から性教育に前向きに取り組んでいましてね。それが生徒にも保護者の間にも頗る評判が良いのですよ。性教育の授業は基本は保健体育の先生に当って貰っているのですが、欠員が出た場合には理科の先生に代行して貰うことにしていましてね。ほらっ、身体の仕組みとか、理科系の先生は知識が豊富にあるでしょ?」
 「え? で、ですが・・・。私は性教育に関しては専門の教育とか受けておりませんし・・・。」
 「あ、大丈夫ですよ。性教育に関しては日本では特別の専門教育課程とかはありませんし、保健体育の教師だって見よう見真似で試行錯誤で進めているだけですから。あ、それから男子生徒向けの性教育授業には既に一部、理科の担当教諭にも当って貰っています。理科主任の磯崎教諭ですが・・・。ただ女生徒向けの性教育となりますと、どうしても男性教諭に頼むというのは・・・、お分かりですよね。それで前島先生に是非、お願いしたいという訳でして。」
 「え? で、でも・・・。」
 しかしその場は校長に強引に押し切られてしまった美津子だった。

 (私が性教育を担当するだなんて・・・。)
 校長の強引な押し付けは、あからさまには言わなかったものの理科教員として採用してやったのだから、その位のことは引き受けろと言わんばかりの言いようだった。それまで地方へ移ってやっと得た教員職だったのだが毎年減り続ける生徒数に対応しての職員削減の嵐は美津子の勤めていた辺境の中学校でも例外ではなく、校長から郷里の学校での理科教師の募集があるとの条件につい自主退職に乗ってしまった美津子だっただけにむげには断れない話だった。

 「あまり難しく考える必要はありませんよ。普通の授業と違ってこれとこれは憶えて貰わなければならないというようなものではありません。生徒が持っている疑問に対して人生の先輩として真摯に向き合って真剣に答えてあげればいいだけです。あ、それから約束事としてご自身の経験については答えなくてもいいということになっています。先生自身のプライバシー保護の観点からですね。無論、先生のほうで差し支えないというのであれば答えて頂いても一向に構いません。それからもう一つ約束事として、性教育の教室の中で出た発言、質問等に関しては誰がしたかも含めて教室外では一切他言無用ということになっています。これは先生、生徒ともに義務事項ということになっています。」
 美津子は校長から言われた注意事項を思い返していた。自分自身の経験については語らなくていいことになっているというのはひとつの安心材料ではあった。
 (そうは言っても、そんなに性体験が豊富な訳でもない私が人生の先輩だからというだけで生徒達の疑問にちゃんと対応出来るのだろうか・・・?)
 美津子の不安はいつまでたっても拭い去ることは出来ないのだった。

 美津子の逡巡はよそに、あっと言う間に美津子が性教育を担当しなければならない日が来てしまった。相手は女性だけなのだからと自分に言い聞かせても不安はなくならない。
 「えーっと、初めまして。あっと、理科の授業で私のクラスだった人は初めてではないですね。初めての人も居ると思うので自己紹介しておきます。前島美津子と言います。担当は本来は理科が専門なのですが、保健体育を教えておられた福田先生が休職になられたということでこの性教育の授業も引き受けることになりました。宜しくお願いします。」



mitsuko

  次へ   先頭へ



ページのトップへ戻る