廃校1

妄想小説

牝豚狩り



第十章 突入

  その3



 一旦、様子を観に外へ出てみようとしていた美咲だったが、男が走りこんできたのに気づき、慌てて個室に逃げようとしたが、鍵をかけようとして間一髪間に合わなかった。両手が縛られている為に、背中の手でロックを探り当てられなかったのだ。
 背中をつかまれて、男に引き摺りだされてしまった。男の片手が美咲の首にがっしりと食い込むように締め付けてくるので、男に引かれるままになるしかなかった。開きっ放しになっているトイレの出口で顔だけ覗かせると、男はホール全体に響き渡るように声を挙げた。

 「そこに居るのは判っている。拳銃を捨てて出て来い。さもないと、こいつの身体をぶち抜くぞ。」
 「駄目~っ。冴子さん、出てきちゃ駄目よ。」
 「もう一度言うぞ。今すぐ出てこないとまず一発目を撃ち抜く。」

 「判ったわ。撃たないで。」
 美咲を人質に取られては、冴子には男の前に出るしかなかった。危険を承知で囮になってもらったのは、冴子に責任がある。美咲だけでも無事に奪還しなければならない。
 冴子は拳銃を持ったまま、両手を高々と挙げて、体育館の真中に向かって歩いていく。
 「銃を捨てろっ。」
 男は冴子に向かって再び怒鳴った。
 冴子はちょっと思案してから、手にした拳銃の安全装置を効かせてから体育館の周りを囲んでいる二階の見物席へ投げ上げた。カチャーンという鈍い金属音がひと気の無い体育館の中に響き渡った。男はまだ用心してトイレの陰から出てこない。
 「ようし、両手を挙げたまま、左側の壁の隅にある肋木のところまで歩いていけ。あの桟みたいなのが何本も横に渡っているやつだ。」
 肋木は、柔軟体操などをする際に、身体を支える道具だ。男が何をしようとしているのか、冴子には凡そ察しがついた。
 冴子が体育館の隅の肋木の前まで来ると、男は体育館の床を滑らせて冴子の元に何やら投げて寄越した。それは黒光りする手錠だった。
 「そいつを肋木の上のほうへ引っ掛けて、自分の両手首を繋ぐんだ。」
 男は、冴子を肋木の桟に手錠で吊るして自由を奪うつもりだった。美咲を人質に取られている以上、従う他なかった。床から手錠を拾い上げると、肋木の桟に掛けた。
 「もっと上の段だ。爪先立ちでぎりぎり届くぐらいの高さに掛けろ。」
 冴子は従わざるを得ない。男は冴子の運動能力を心得ている。動きを封じるのに必要なことをちゃんと判っている。男に言われた通り、桟をもう二段ほど高い位置に上げると、背伸びをして漸く手首に手錠を嵌める。冴子の自由が完全に奪われたのを確認すると、男は美咲の首を抑えたまま、トイレから出てきて、冴子の傍までやってきた。男は銃を美咲の頭に向けたままで居るので、迂闊な手出しは出来ない。冴子の脚を警戒しながらも、近づいてきて、冴子の無防備な腹目掛けて拳銃を振り下ろして一撃を加える。

肋木冴子

 「あうっ・・・。」
 冴子は気が遠くなりそうなのを必死で堪える。男は十分なダメージを与えたのを確認すると、冴子が穿いているレザーパンツから革のベルトを剥ぎ取った。そして、それを縄で縛られている美咲の後ろ手の手首に廻すと、美咲も冴子から少し離れた位置にベルトで肋木に繋いでしまう。
 ベルトのバックルを留めてしまうと、最早美咲にも自分では外せない。
 美咲を肋木に拘束してしまうと、男は再び冴子の傍に戻ってきた。そしてベルトを抜き取った革製のパンツのボタンを外し、チャックを引き下ろすと、下着ごと一気に膝まで下ろしてしまう。それは冴子の下腹部を痛めつけるのと、足技を封じることの両方の効果があった。
 「さあ、どこまで嗅ぎつけたのか、正直に答えて貰おう。」
 そう言って、冴子の真正面に立つと、腰を据えて、剥き出しにされた下腹部へ拳骨の突きを当てる。
 「あううっ・・・。」
 男の拳が冴子の白い剥き出しの肌に食い込むかと思われた。冴子は唇を噛んで堪えている。
 男は下腹部の一撃にうなだれている冴子の髪を掴んで振り回す。
 「さあ、喋るんだ。どうやって、ここを嗅ぎ付けた。」
 「・・・・。」
 「そうか、喋らないつもりか。」
 バシーンっと、冴子の頬が張られた。唇から血が滲み出す。
 「ふん、そうか。じゃあ、こっちの可愛い顔した奴を痛めつけるか。」
 男はそう言って、美咲のほうへ向かい、美咲の胸倉を掴んだ。
 「ま、待って。その子には手出しをしないで。・・・、言うわ。言うから待って。」
 「駄目よ、冴子さん。私はどうなってもいいから・・・。」
 言いながらも美咲は恐怖に脚をがくがく震わせている。横に見上げている冴子の血を流した顔を見たせいだ。
 「この子を監禁していた別荘を探り当てたのよ。あそこの地下室を工事したっていう業者を探り当ててね。前に貴方に捕まって監禁されて居た時、あの不自然な檻のある地下室のことを覚えていたのよ。あんな工事をやった業者なら、きっと記憶に残っているだろうって。」
 「ほう、配管業者か。しかし、それにしても全国にある配管業者からよく見つけ出したもんだな。」
 「距離よ。レンタカーの。・・・貴方が借りたリムジンの走行距離からだいたいの範囲を絞り込んだのよ。」
 「レンタカー・・・?リムジンだと。どこでそんな情報を掴んだ?」
 男の表情が変わったのを冴子は見逃さなかった。男は明らかに狼狽し始めているようだった。まさか、そんなところまで掴まれていたとは思っていなかったのだ。
 「決定的だったのは、栗原瞳を運んだ時よ。あの時、スクープ写真雑誌に載ったキスシーンの写真があったわよね。あそこの場所が小牧空港だとわかり、空港の駐車場の防犯ビデオからリムジンの車型が割り出されたのよ。あんな車はどこにでもある物じゃないから、あれを扱っている青梅のリムジンサービスを割り出すのはそんなに難しいことでは無かったわ。」
 「・・・・。」
 男はしばし無言で凍りつく。そこまで調べられていたのは男にとって想定外のことだった。
 「もうひとつ言っておくと、警察官の内田由紀の時にも同じ車を使ったわね。借り手は全然別の人間だったけど、事件がおきた日から逆算して、同じ犯人が誰かに借りさせたものだということは調べがついたのよ。借り手の消息はつかめないけれど、走行距離記録はちゃんと残っていたわ。二つの走行距離から範囲を絞れば、その二回で辿った場所はかなり絞られるってことよ。」
 冴子は、男の正体を掴むのにどう成功したかを得意になって喋っていた訳ではなかった。すべては時間稼ぎだった。上司の佐藤浩市に頼んでいた応援が駆けつけるのを時間を稼ぎながら待っていたのだ。
 「どうして栗原と内田の事件に、俺が関わっていると・・・。」
 冴子は男を睨みつけるように、顔を上げた。
 「それは、動物的な勘よ。どちらの事件も不自然なところがあったわ。内田の時は、遺体が身に着けていた短く直された警察官の制服のスカート丈。そして、乱暴されているのに、犯されていなかったこと。栗原の時は、失踪後の不自然なキスシーンの写真よ。策を懲りすぎたのね。それで、却って不自然なにおいを漂わせてしまった。」
 「いつから俺を追っていた・・・。」
 「勿論、私を狩りの獲物にして、失敗した時からよ。あの時は、証拠も証人もすべて消されてしまったけれど、その前の犠牲者からは貴方は次々にぼろを出したわ。」
 「その前だと。内田の前のあのへっぽこ女巡査のことも、知ってたというのか。」
 パーン・・・。
 その時、銃声が体育館に木霊した。

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