廃校1

妄想小説

牝豚狩り



第十章 突入

  その2



 「牝豚を放して、かっきり5分後にピストルで合図をします。そしたら、獲物を追いかけてください。よろしいですね。おい、じゃ、そいつを放せ。」
 最後に首輪に嵌められていた鎖が外される。美咲は、首謀者の黒田をきっと一目睨んでから、車室外に向けて走りでた。
 美咲には初めての場所だった。男の言葉が頭の中で反芻される。(この先は行き止まりの崖、古い学校跡ぐらいしか隠れる場所はない・・・。)その学校らしきものに向かって美咲は走り出した。

 美咲の姿が電車の車室から走り出るのを双眼鏡で見届けた冴子は、良子と瞳に合図する。
 「行くわよ。」
 既に冴子と良子の手には拳銃が握られていた。それをしっかり握り締めて、山の斜面を駆け下りていく。
 (パーン)とピストルの音がした。それを合図に男たちが電車の車両から飛び出そうとした瞬間、冴子の声が山間の窪地に響き渡った。
 「警察よ。婦女監禁、暴行未遂の現行犯として逮捕します。手を挙げなさい。」
 冴子と良子が両手でしっかり狙いを定めている拳銃はぴったり男達に向けられていた。突然のことに客達はあっけに取られて呆然としている。
 「両手を挙げて。ひとりずつゆっくり外に出て。」
 冴子は適確に指示する。突然の襲来にどうしていいか判らない客たちは、しかしゆっくりと手を挙げると外に出てきた。良子が、男達に車両の壁に両手を挙げたままぴったり向かい合って立つように指示する。三人の客に続いてアシスタント役の三人も手を挙げて降りてきた。銃を向けられたのは初めてのことらしく、かなり怯えてびびっている。
 しかし、首謀者の男はなかなか降りてこなかった。
 「しまった。窓から逃げているわ。私が追うから、応援が来るまでこの男達をお願い。逃げようとしたら、構わないから下半身だったら、何発でも撃っていいわ。頼むわね。」
 そう良子に告げると、窓から飛び降りた男が逃げた方向に向かって冴子は走りだしていた。

 「さあ、貴方たち。電車の壁を向いて、両手を組んで頭の後ろに当てるのよ。それから地面に膝を付いてしゃがんで。早く。・・・私はこう見えても射撃の腕だけは得意なのよ。」
 良子の強気の剣幕に、男達は怖れをなして、すごすごと従うのだった。

 黒田が逃げたのは、山側に向かってだった。二百メートルほど先を走っているのがかろうじて見え隠れしている。冴子たちが銃を向けた瞬間に、すぐに窓から滑り降りていたようだ。男の行動は機敏で、無駄がなかった。戦地での実地体験が物を言っているのだろう。危機を察する動物的な勘が、すぐに男を逃げるように仕向けたのに違いなかった。
 しかし、訓練を積んでいるのは冴子も同じだった。冴子には男を追い詰める自信があった。

 男が先に崖を攀じ登って、林道に這い上がった。その林道は美咲が逃げていった学校のほうへ続いている。冴子は嫌な予感が沸きあがってくるのを感じていた。
 先に林道に上がった男は、まだ斜面を這い上がっている冴子を威嚇するように、数発撃ってきたが、当たらないとみて、再び走り出した。
 冴子も数十秒遅れで林道の上に這い上がる。男は既に学校へ向かってどんどん走っていくのが見える。すぐに冴子もその後を追う。
 冴子が学校跡の校門の前に立った時には、既に男の姿は消えていた。冴子は拳銃の安全装置を確認すると、いつでも撃てるように身構え、用心しながら校舎のほうへ小走りに向かった。
 冴子は、前に瞳と良子を連れてこの場所を確認しているので、だいたいの造りは頭に入っていた。この学校跡の中で、隠れられそうなのは、コの字型になった二階建て木造校舎か、それよりずっと新しい体育館のどちらかだと見当をつける。
 冴子は音を立てないように気をつけながら、木造校舎のほうへ入る。角の部分にある階段をそっと上がり二階へ上がってからコの字になっている校舎全体を見渡す。二階の窓からなので、一階全体と二階部分の廊下が見渡せるが、観る限り人の気配はなかった。
 冴子は黒田のほうの心理を推測する。全くの不意討ちだった筈だが、冷静にすぐに逃げるほうを選んでいる。まわりがどういう状況なのか把握出来ていないが為に、まずは撤退したほうが安全と考えたのだろう。こちらの人数も応援の到着状況も把握出来ていない筈だ。
 客と手下が人質に取られていることは判っている筈だ。だから、所詮、足がつくのは時間の問題だ。そうなるとどういう行動に出るだろうか・・・。

 同じように、体育館の隅に潜んでいた黒田も冴子の行動心理を読んでいた。
 (狩りの始まりを合図するピストルの音と共に警察官の踏み込みという奇襲を受けて、直感的に逃げなければと判断したのは間違っていなかっただろう。ただ、向こうの人数も武器の状況も把握出来ていない。追って来たのは一人だったから、そう大勢が居るとは思えない。反逆に出るなら今だが、敵の人数も把握出来ていない状況で迂闊に外へ出るのは危険だ。
 追って来ているのは、ちらっと見ただけだが、顔に見憶えがあった。半年ほど前に狩りの餌食に使った女警官だ。特殊な訓練を受けていることは、捕獲した時から明らかだった。あの時は客も手下三人もやっつけられてしまった。山を降りて連絡に行っている間に上手く現場へ滑り込めたので、証人になりかねない6人は全て始末することが出来たが、危ういところだった。
 これまでの狩りの獲物に使った中で、一番手強い相手だったと思っている。そのせいもあって、警察関係者はそれ以来避けていたのだ。しかし、客たちの強い要望につい答えてしまったのが、早計だったかもしれない。
 あの女は警察関係者について、ずっと張っていたに違いない。丹沢のあの現場には何も証拠を残していない筈だが、いったい何処から嗅ぎつけたのだろうか。
 今はとにかく安全なところへ逃げるしかないが、向こうがどこまで感づいているのかは、ヒントだけでも欲しいところだ。捕まってしまったアシスタントの三人と客の三人には全貌までは知られていないにせよ、かなり色んなことを知っている。出来れば何とか片付けてしまいたいが、あの場所へ戻るのはかなり危険そうだ。追ってきたあの女さえうまくやれれば、何とかなるかもしれない。)

 お互いがお互いの心理を読みながら、冴子と黒田は様子を窺っている。それでも冴子は用心しながら確実に黒田の元へ歩み寄っていた。
 校舎を一巡して、見切りをつけた冴子は体育館へ向かっていた。すでに大きな鉄の扉のすぐ外まで来て、内部の物音を窺がっている。
 コトンと突然小さな物音がした。冴子に緊張が走る。
 (居るのだ。)
 手にした拳銃を構えなおし、内部へ入ることの出来る扉の前に立つ。
 その時内部で走る音がした。すかさず足音目指して冴子も体育館の内部へ走りこむ。男がホールの隅にある女子トイレのほうへ走りこむ後ろ姿が見えた。
 (まさか・・・。)
 冴子の不安が適中する。
 「きゃあああ・・・。」
 大きな悲鳴が聞こえる。
 (美咲だ。まずい・・・。)
 最初の物音は、女子トイレに隠れていた美咲の立てた音だったのだ。黒田は一瞬でそれを追っ手ではなく、さっき放った牝豚の美咲だと悟ったのだろう。窮地を逃れるには、そいつを先に人質に取るしかないと判断して女子トイレに飛び込んだのだった。

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