冠木門

冠木門





   一

 雨は急に降り出してきたのだった。怪しげな雲行きだとは思ったのだけれど、・・・京子はそう悔やんだが後の祭りである。家のない処が少し続いていたので、その門構えを見つけた時は取りあえずその軒下に飛び込んだ。それはかなり古そうな、然しかなり由緒のありそうな冠木門であった。
 あたりは篠つく雨で、遠くは霞んでよく見えない。どうしたものかと思案に呉れていた時だった。後ろの木戸が開いて人の声が聞こえた。
 「お嬢さん、雨宿りですか。よかったら小降りになるまで家にお入りなさい。」
 振り向くと和服を来た中年の紳士が木戸から顔を出している。京子はどうしたものかと迷ったが雨は当分止みそうもなかったし、この古そうな家にも興味が湧いてきたので好意に甘えることにした。
 和服の男性について木戸を入ると濡れそぼった中庭に飛び石が続いている。屋敷まではちょっと離れているのだ。男は傘を差し掛けてくれた。これも古そうな蛇の目である。全てが古色蒼然としている。そしてあたりは深閑としている。
 「随分古そうなお屋敷ですね。」
 と言いそうになったが、失礼にあたるといけないと思い、言葉を呑み込んだ。
 「随分古ぼけた家でしょう。まるでお化け屋敷みたいで。」
 京子の心を見透かしたかのように、男のほうからそう言った。
 「由緒がおありなんでしょう。」
 京子はお世辞半分にそう合わせた。しかし、それにしても全くお化け屋敷みたいだ。京子は心の中でそう思った。しかしその古さに京子は興味をそそられた。
 庭はかなり広いらしく、隣との境はどこなのかちょっと分からない。
 やがて母屋の玄関に出た。というのは、少し向こうに離れらしき建物が別にあり、その奥には土蔵があるのである。
 ガラガラという音とともに玄関の扉が開かれると、昔風の造りで上がり間がある。京子は上がり間のすぐ奥の庭の見える一間に案内された。部屋は意外にも洋風であった。しかし明治か大正の風俗を想わせるようなところがある。京子は大きな窓のそばの藤の椅子を薦められ、そこに腰掛けた。
 「真行寺柾道といいます。」
 「高橋京子です。どうもお邪魔してしまって申し訳ありません。」
 「いや構いませんよ。私も退屈していた処だものだから。学生さんかな。」
 真行寺柾道と名乗るその男は京子を興味深そうに眺めている。京子は濡れた髪を掻き上げながら応えた。
 「ええ、関西南大学の古典人文科なんです。ちょうど卒論の取材に歩き回っていた処を雨に降り込められちゃって。」
 「おや、そう言えば随分濡れていらっしゃるようだ。これをお使いなさい。」
 そう言って、戸棚のようなところから手拭いを取り出した。
 「拭いている間にお茶でも煎れましょう。」
 真行寺はそう言うと奥のドアを開いた。
 「お一人なんですか。」
 そう京子が聞いた時には、真行寺は既にドアの向こうに消えていた。

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