騙された新人女優とマネージャー
第二部
二十二
『おい、杉崎。準備はいいか?』
芦原はインカムの音声を杉崎だけに切り替えて杉崎が撮っている映像を確認しながら指示をする。
『はいっ、先輩。』
『いいか、杉崎。お前は演者の全体像を撮る必要はないんだ。もっとアップにして視聴者が観てみたいっていう映像に絞り込むんだ。あくまでもお前に任されているのはインサート用の映像なんだからな。』
『あ、はいっ。先輩。こんな感じですか?』
杉崎は芦原に指示された由里の膝頭をズームアップしていく。
『おい、杉崎。あれ、試してみろ。』
『え、あれって? あ、そうか。これか・・・。』
見習いカメラマンの杉崎もすぐにピンときて、カメラの脇に事前に取り付けておいたピンポイントライトのスイッチを入れてみる。
(うーむ。やっぱりあそこまで膝を閉じてると無理だなあ・・・。)
『おい、杉崎。油断するなよ。一旦スイッチを切ってチャンスを待つんだ。』
『あ、はいっ。先輩。』
インカムで杉崎に待機しているように指示を送った芦原は、メインのディレクターの方にインカムを繋ぎ変える。舞台上では、ドローンに関するクイズに頓珍漢な答えをした手塚由里に爆笑の渦が巻いている。
『MCさん。それじゃ本物のドローンを飛ばすからその前振りを入れて。芦原。ドローンの操縦者に指示を送ってっ。』
舞台上では、MCがディレクターの指示をフリップで確認して会話を繋ぐ。
「それじゃ、今のクイズで出たドローンがどんな動きをするのか、実際にスタジオで飛ばしてみましょう。」
『はいっ。ドローンをステージ中央の上空に飛ばしてくださいっ。』
すかさずADの芦原は舞台袖で構えているドローン操縦者に合図を送る。途端にドローンが音を立てて飛び立ち、ステージ上のゲスト達が一斉に歓声を挙げる。
「おおーっ。」
ゲストの視線がドローンに集中したところで芦原は操縦者に指示を送る。
『ステージ中央で一旦ホバリングさせた後、ゲスト回答者の手塚由里に向かってドローンを真っ直ぐ飛ばして直前で上空に避けさせてっ。』
『了解しました、芦原さん。』
芦原の指示で一旦ステージ上のひな壇のゲスト回答者たちの真正面にホバリングしていたドローンがいきなりひな壇左隅の由里に向かって直進していく。
「きゃーっ、怖いっ。」
自分に飛んで来るドローンの姿に由里は吃驚して悲鳴を挙げる。
その瞬間に我を忘れた由里はそれまでぴっちり閉じていた膝頭を緩めてしまう。
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