良子
- 警察手帳を奪われた女巡査
第五章 本物の女警官
一
「おい、今回の女警官もちょっと演技が下手過ぎないか? あんなんで金、取るんじゃ詐欺ってもんだぜ。」
「はあ、申し訳ありません。あの娘はキャバクラから移ってきたばかりで、まだコスプレ倶楽部って意味がよく判っていないんです。今度よく教育しときますから。」
「ふん、教育っ? 駄目だな。素養がないよ、あの女は。だいたい育ちがよくないんだ。あんなのが警官になれる訳がない。」
「そりゃ、素人なんですから。多目にみてやってくださいよ。あ、お客さん。ちょっとアレなんですが・・・。」
「なんだ、アレって?」
「いや、つまり・・・。料金の事なんですがね。本当に警官を犯すって気分を味わいたいんだったら、もう少し金を積んで貰うと何とか出来ない訳じゃないんですけどね。」
「な、何っ? 金を積むだと・・・? 幾らぐらいなんだ。」
「へっへっへっ。ちょっとお耳を。」
「ふん、ふん・・・。えっ、十倍?」
「しっ・・・。実はここだけの話なんですがね。本物を雇えるんですよ。正真正銘の現職警官。」
「嘘だろ? 本物の警官がコスプレ倶楽部に出演なんかする訳ないだろ。」
「それが、実はちょっとコネがありましてね。ある組織からオファーがあるんですよ。ま、こっちとしても本物となるとリスクがありますんでね。囮捜査の可能性も無くはないんで、慎重に事を運ばなくちゃならないし・・・。ただお客さんはもう長い常連さんなんで特別サービスって訳ですよ。」
「ふうむ・・・。本物ねえ。もし本当だったら、十倍ぐらいは払わんでもないがな。もし嘘だったら金、返して貰うぞ。」
「あ、そりゃ勿論ですとも。どうです。やってみますか?」
「ふうむ・・・。そうだな。試してみる価値はあるかもな。」
良子はその手紙を何度も読み返していた。信じていいかどうかまだ判断がつかない。しかし、警察手帳検閲の日はもう迫って来ていた。男のオファーの通り、本当に返してくれるのだったらこのチャンスしかないかもしれなかった。
良子はいつもの男かららしい手紙をその日一番に受け取っていた。
(今夜の呼び出しに来れば警察手帳を返してやる。但し以下の事に従う事を条件とする。来る際は正式の制服で来る事。手錠と鍵を持参すること。今夜一晩は顧客の要求に全て応じること。出頭する場所はいつものXX公園 公衆便所前の街燈の下。時間は・・・・)
罠かもしれなかかった。しかし、前回言う事を聞かせられたのは警察手帳を取られているからというよりも、自分の警察手帳を使って罠に落としいれられた女性が居るということが判ってしまったからだった。見せられたビデオは、良子が絶対服従を誓わされても従わざるを得ないものだったからだ。
もはや言いつけどおりに従うしか選択肢はないのは判っていた。良子は普段の出勤着ではない、正式の式典などで使う為の真新しい制服を着用してきていた。手錠はいつもの勤務の際に携行するものだ。鍵のスペアは携行しないことにする。用心深い彼らが隠し持っていったところで身体検査をするのは目に見えていたからだ。
待合せに指定された場所は既に何度か呼び出された場所だった。街燈の少ない公園で、その場所以外は夜のとばりが降りると薄暗く見通しが利かない。人通りも夜になると極端に少なくなる危険な場所ではあった。
指定された街燈の真下に近づく。根元に紙袋が落ちている。予想どおりだった。近づいていって拾い上げる。中には自分への指示を書いた紙切れとアイマスクが入っていた。
(持ってきた手錠の鍵を紙袋へ入れろ。中に入っている携帯ラジオをポケットにいれて、イアホンを耳につけろ。一緒に入っているアイマスクを着けたら自分で後ろ手に手錠を嵌めて指示を待て。)
用意周到な命令だった。辺りを見回す。何処からか自分の様子を伺っているに違いないと思うが、自分の周りが明るい一方、辺りは暗闇が広がっているばかりで人の気配を窺うことは出来ない。他に自分の事を目撃する者も居ないことを確認してから、命令に従って手錠の鍵をポケットから出して袋の中に落とし、かわりに携帯ラジオとアイマスクを取りだす。
イアホンを耳にいれると、微かなシャーっというノイズが聞こえるのみだった。胸ポケットから手錠を取出し代わりに携帯ラジオを突っ込む。ちょっと躊躇してからアイマスクで自らの視界を奪い、片腕に手錠を掛けてから背中に両手を回す。ガチャリという音と共にもう自分では外せない事を再認識する。
「聞こえているか。聞こえていたら、軽く頭を振るんだ。」
突然イアホンから音声が聞こえてきた。また何処からかFMマイクで音声を飛ばしている様子だった。良子はゆっくり頷く。
「紙袋は地面に置いて、手錠をよく見えるように両腕を伸ばして翳しながら一周するんだ。」
良子は言われたとおりにするしかなかった。
「ようし。ちゃんと手錠は掛かっているようだな。そしたら前へゆっくり進め。俺が指示するとおりに歩くんだ。」
良子は目隠しをされたまま、男が言うとおりにゆっくり足を進める。良子は頭の中で公園の地形を思い描く。自分が向かっているらしい方角に何があったかを思い出そうとする。
「そこで停まって右に回るんだ。そうだ。もう少し・・・。今度は左へ身体を回せ。もっとだ。」
男は良子から方向感覚を奪うつもりらしかった。何度か旋回させられると最初の方向からどちらを向いているのかが段々判らなくなる。その後、何度か向きを変えさせられながら、次第に最初居た場所から離れていくのだけは感じ取っていた。
突然、鳩尾の下に激痛が走る。下腹部を男のパンチが襲ったようだった。崩れ落ちそうになるのを後ろから男に抱え込まれ、口元にガムテープを貼られてしまう。そのまま押されるようにして車の中に押し込まれたようだった。何かロープのようなものが首に巻かれて後部座席らしいところに寝転ばされる。首のロープがピンと張る。
「いいか。変な真似をしようとすれば、何時でも首を縊れるんだからな。おとなしくしていろよ。」
良子が首を縦に振って頷くと、ロープが少し緩んだ。車がスタートする音が聞こえ、良子は拉致されて連行されていくことを知ったのだった。
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