妄想小説
恥辱秘書
第二十一章 美紀のしくじり
三
美紀が居なくなって、二人だけになるや、裕美は床に土下座の格好になって長谷部の前に三つ指を突く。
「専務、申し訳ありませんでした。すべて私が悪かったのです。あの事は、どんなにしてもお詫びのしようもありません。許して貰えるとは思っておりません。今日はどんな恥ずかしいことでもお命じになってください。どんなことにも心から従い、お仕えさせて頂きます。それがせめてものお詫びのひとつにでもなればと思っています。」
「あの事って言ったね。何のことだ。」
裕美はおそるおそる顔を揚げる。
「ビデオのことです。専務の部屋で私と専務とだけで撮られたビデオです。」
ふたりの間に沈黙が流れた。二人がそれぞれにそのシーンを思い返していた。沈黙を破ったのは、裕美のほうだ。
「私は脅されていたのです。私の恥ずかしい写真をばら撒かれない為に、専務を騙して襲わせたのです。信じては貰えないでしょうが、すべてシナリオどおりに演じるように命令されていたのです・・・。」
「やはり、そうだったのか・・・。裕美くん。床に臥せっていないで座りたまえ。そして何があったのか全て話してくれないか。」
裕美は思ってもみなかった長谷部の言葉に耳を疑わずには居られなかった。
長谷部は音を立てないように一旦、部屋を出て、誰も盗み聞きをしていないか確かめてから部屋の扉の鍵を内側から掛ける。
裕美は最初から全てを打ち明けた。そもそもの始まりは芳賀、美紀と共にN社の購買部長の沢村の接待にここを訪れた時に始まったこと。酔い潰れて見知らぬモーテルの部屋で半分裸になった寝かされていたこと。その時の写真をネタに情報屋と名乗る男から脅迫されるようになったこと。何度も恥ずかしい写真を撮られ、それをネタに言うなりになるしかなくなってしまったこと。そして最後に長谷部を挑発し、誘惑して、言葉巧みに誘導し、自分を襲うように仕向けたことなどを、時折、嗚咽にむせびながら、全てを白状したのだった。
「それじゃあ、あの執務室のことがあった後、声の吹き替えまでしたというのか。」
「はい。それも全て予め用意されていた別の台本の通りに私の部分だけ台詞をすげ替えたのです。それで、本当に専務が、セクハラを・・・。あ、失礼しました。セクハラをしているかのようなやり取りになるように録音し直したのです。」
長谷部は自分に渡されたテープが無音であったことを思い出した。それの言い訳をしていた芳賀の台詞もまだ耳に残っている。
(すると、音声がちゃんと入っている別の二種類のビデオテープがあるという訳か。)
長谷部は、秘書の美紀から、裕美が働いているというキャバクラへ訪ねてゆくことを誘われた時に、何か頭に引っ掛かるものを感じていた。それが何だかはすぐには判らなかった。しかし、じっくりと考えていて、美紀が(裕美のせいで、自分が危ういことになりかけた)と言ったからだと気づいたのだ。それは、自分と芳賀しか知らない筈のことだったからだ。
どうして美紀がそんな事を知っているのだろうと考えていて、芳賀と美紀がぐるに違いないと思い当たったのだった。そんな美紀が裕美のことを知っていて、働いている店へ案内するという。裕美を関連会社へ出向させる処分を実際に扱ったのは芳賀の筈だった。その裕美の行方を美紀が知っているという。それで、全てを確かめる為に美紀の誘いにのってキャバクラまで出掛けてきたのだった。
(芳賀、美紀、裕美の三人を結びつけるもの・・・。そうだ、あのN社の沢村部長への接待だ。)
長谷部はキャバクラの部屋から直接、N社へ電話を掛け、沢村部長の秘書を呼び出して貰う。手帳で確認しながら、芳賀たちが裕美を連れて接待をしたという日の沢村の行動を確認してゆく。そのうちの二回が海外出張中、一回が北海道への出張中だった。
「君、泣いた真似は出来るか。」
長谷部は裕美に突然そう訊ねた。
「そういう振りは出来ると思います。」
「そうか。それじゃ、ひとつ芝居を打ってくれ。この部屋を飛び出て泣きじゃくりながら、自分の控え室へ戻るんだ。途中で、美紀くんに呼び止められても、何も言わずに一目散に控え室へ飛び込んで中から鍵を掛けるんだ。いいね。」
何が何なのか判らない裕美だったが、長谷部に言う通りにすれば間違いないという直感は働いた。
アイスペールの水で目の周りを濡らすと、一度深呼吸をしてから部屋を飛び出し、嗚咽の声を上げながら、自分の控え室へ走ってゆく。途中、長谷部の言う通り、美紀が「何があったっていうの。」と止めようとしたが、何とか振り切って逃げ切った裕美だった。
裕美が部屋を出ると、長谷部はすぐさま美紀が持ってきたアタッシュケースの中身を床にぶちまける。落ちていた浣腸の容器を拾い上げると、蓋を開けて中身をアイスペールの中へ注ぎ込んでしまう。空の容器がいま使われたばかりというように、ガラステーブルの上へ放り投げておく。長谷部は後始末はしておいてくれと美紀に頼んでおくつもりだった。美紀が使われたらしい浣腸の空の容器をみて、ほくそ笑むだろうことは容易に想像されたのだった。
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