手帳提示

良子
 - 警察手帳を奪われた女巡査





第六章 捨て身の逆転

 一

 起き上がると、良子は迅速に行動することにした。もう一刻の猶予もならない事はよく自覚していた。夢の中の出来事は現実ではないが、放置すればいつ現実となってもおかしくない事だった。良子は冷静になろうと努めて起こった出来事を最初から整理して考えてみることにした。
 (何か糸口がある筈だわ・・・。)
 そう考えていて、ふと送られてきたビデオテープの事を思い出した。
 (あの中に何かヒントがあるかもしれない。)

 中に出てくる若妻らしき女性は全くの見知らぬ人だった。通りに面して二階にある喫茶店に呼び出された時に、窓越しにその女性を見かけたのがビデオ以外では唯一の経験だった。顔だけはしっかり頭に入っていて、すぐにビデオの中に出てくる騙された女性だと気づいた。
 (何としてもあの女性を探し出さなければ・・・。)
 そう思いながら、何度も繰り返し見ているうちに、贋の警察官らしき男たちが女性のマンションを訪れるシーンと、女性が袋の中に入れられて連れ出されるシーンでほんの一瞬だが、マンションの外側の景色が写っていることに気づいた。再生し直してそのシーンで一時停止にすると、モニタ画面をデジカメで写しとる。
 (たしか同僚の男性刑事でドラマ好きの人が居て、テレビドラマのロケ地をひと目観るだけで、大抵の場所は言い当てることが出来るって豪語しているのがいたわ。)
 良子はデジカメで写しとった景色をプリンタで印刷すると、その同僚刑事を訪ねるのだった。

 「ふうむ。これはT沢山系の稜線ですね。ここに、ほらっ。特徴的な峰がみっつ並んでいるでしょ。これはM峰っていうんですよ。それとこれっ。高圧線の鉄塔ですよね。これは第七高圧系と言って、T沢から伸びて山麓を海岸線のほうへまっすぐに降りて行く高圧系統ですね。ええっと、確かE町からS市を抜けて、海岸沿いのF街まで通ってる筈だ。その高圧線がこの角度で見えるって事は、地図でいうとこの辺りですね。あとそれからこの小さく見える家。屋根がこんな風に見えてるってことはかなり高いところから見下ろしていますね。マンションで言えば7、8階ぐらいかな。この辺りの7階以上ある高層マンションの通路側、つまり北西向きの通路でしょう。マンションは通常、南側に窓を取って、反対側の北側とか西側は通路にすることが多いので、そういう立地の建物ですね。」
 講釈を聴きながら、良子はたった一枚の写真の景色からそこまで読み取れるということに驚愕していた。それらしき場所の地図を印刷して貰うと、さっそく現地検分に出ることにした。

 正式の捜査ではないので、休日の単独行動でしか捜索は出来なかった。しかし同僚の刑事の話ではかなり限定出来そうだった。
 (あ、あのマンションではないかしら。)
 辺りには他にそんな大きな建物は見当たらなかった。同僚の刑事に見せた画像のコピーを手にマンションの階上の部分を廻ってみることにした。
 (あ、ここだわ。えーっと、家と家が見える感じからすると、この高さでこの辺りだわ。)
 良子が辿り着いたマンションの一室には本間武志 恭子という表札が掛かっていた。

 張り込んで三日目に良子はマンションの近くで買物帰りらしい恭子の姿をみつけた。
 「あのすみません。少々お時間、頂けないでしょうか。」
 後ろからそっと掛けた良子の声に、恭子は明らかに狼狽している風に見えた。
 「どなたですか。存じ上げない方のようですが・・・。」
 「ごめんなさい。私はある訳があってあなたの事は存じ上げています。本間恭子さんですよね。」
 良子は唐突だが、相手の本名から切り出した。最初から全て否定されない為だった。
 「少しだけ。少しだけでいいんです。誰にも他人に聴かれない場所で、私の話を聞いて欲しいんです。」
 恭子は混乱していた。突然自分の名前を知らない女性から告げられたのだ。何か内情があるには違いなかった。自分の知られたくないことに触れられる惧れがあるとは薄々感じている。しかし、そのまま放置して逃げだしてしまえば、余計心配になって居ても立ってもいられなくなる筈だと思った。

 良子は恭子を連れてカラオケ喫茶の個室に連れ込んだ。誰にも話を聞かれない為だった。恭子が面食らうだけでなく怯えていることもひしひしと感じていた。
 「最初にこれを見て欲しいの。」
 恭子に差し出したのは、良子自身が写っている写真だった。警察官の制服を着てスカートの前を両手で持ち上げている。下穿きのパンティがばっちり写ってしまっていた。
 「こ、これは・・・。あなた?」
 「そうよ。こういう格好をするように命じられて撮られたものなの。私には言う通りにするしかなかったの。命じられたことに服従するしか。」
 勿論、男たちに撮られてしまった写真のコピーを持っている訳ではなかった。その時の状況を思い出しながら、なるべくその時のままになるように自分で演じてセルフタイマー機能を使って自撮りしたものだった。しかし、恭子にはそれが誰かに強制されて撮られたものか、それを再現したものかは意味がなかった。大事なのは誰かに強制されて恥ずかしい格好をするのを余儀なくされた女性が目の前に居るという事実だった。
 それから良子はゆっくりと自分の身に起こったことを恭子に話し始めた。良子自身に起きた事を教えることで、恭子に共感を与えて警戒心を起させないことが最初は肝心だったからだ。
 自分が本物の警察官であること、痴漢撲滅運動の為に満員電車で逆に痴漢にあってしまった事、警察手帳を奪われ、それをネタに呼出しを受け、凌辱を受けた事等々である。警察手帳の件では、良子は恭子の反応を確かめていた。その瞬間に何かを思って目が泳いだのを見逃さなかった。が、まだそれは指摘しないでおく。
 「だから、彼らの言うとおりに聞くしかなかったの。そんな写真を撮られることになったのもそのせいなの。」
 「で、どうしてそんな話をわたしに・・・?」
 そこで良子は慎重に一呼吸おく。
 「あなたに手助けをして欲しいの。彼らにもうこれ以上酷いことをされない為に。」
 「言ってる意味がわからないわ。」
 「そう。そうよね。・・・・。実は、私はあなたも同じ奴等に脅されているんじゃないかと思っているの。」
 「えっ・・・。」
 今度は恭子が絶句する番だった。
 「あなた。ある男たちから何か恥ずかしい事をするのを強要されているんじゃない?」
 「どうして・・・。どうしてそう思うんですか?」
 ここで良子は躊躇する。喫茶店から公衆電話ボックスの中でスカートを捲り上げたことを話そうかとも思っていた。しかしそれではそんな覚えはないと否定されて終りになってしまうかもしれなかった。良子は意を決して核心に一気に持ち込んだ。
 「あるビデオを見せられたの。」
 ある女性が警察官に騙されて自宅で捜索を受け、麻薬所持の現行犯として逮捕されるという話。その女性に本物の警察官であると思い込ませる為に本物の警察手帳が使われたことを良子は恭子の反応を見ながら、告げたのだ。恭子は話が進むにつれ、(やはりそうだったのか)という表情を浮かべるようになった。
 ビデオの内容については、最後のほうまで触れなかった。触れる必要がなかったと言ってもいいかもしれなかった。良子がどこまで知っているのか、大体想像がつくぐらいまで話したところで話を打ち切る。そして暫く無言になって、恭子の自供を待ったのだった。

 「わたしもお話します。あなたの仰ってる騙されてドキュメンタリービデオのようなものを撮られたのは私です。わたしもそのビデオを見せられました。そしてそれ以降、彼らのいうことを聞かざるを得なくなったのです。」
 (やはりそうだったのか。)
 良子も心の中で頷く。
 「最初のうちは、屋外で恥ずかしい格好をすることを強要されました。あんなビデオが存在することを夫に知られてもいいのかと脅されると言う事を聞かざるを得なかったのです。」
 良子はうなずくだけで自分から話をしないことで先を促していた。
 「今度はコスプレ倶楽部という場所へ連れてこられ、ある役を演じるように命令されました。私が演じさせられたのは、マゾっ気のある人妻です。そういう女性と嫌らしいことをしてみたい客が居るらしく、私は本気で恥ずかしそうに振る舞うように演じさせられました。勿論、私自身本当に恥ずかしい思いでしたから、演技の必要はありませんでした。そのコスプレ倶楽部は、その・・・、何と言うか、・・・、セックスを強要するのが目的ではないようでした。縛られたりはしましたが、辱めを受ける人妻が、恥ずかしがる様子を本当の事のように体験させるのがその倶楽部の供応だったようです。」
 良子は自分が警察官でありながら痴漢行為に甘んじて愉悦まで感じてしまう役を演じさせられていたのと同じ様に、恭子が縛られて恥ずかしがる人妻を演じさせられていたことを知り、愕然としたのだった。


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