若妻 麻衣子
一
「えっ、何するの。そんなロープなんか出してきて。えっ、まさか。」
不安気な麻衣子をよそに、夫の次郎はどんどん勝手に麻衣子の手首を取り上げ、その白い手首に縄を巻いてゆく。
「し、縛るの。い、嫌だわ、そんなこと。ねえ、お願い。」
「いいから。僕にまかせて。じっとされるままになっていれば。」
夫の次郎が、(今日はいつもと違う趣向でしたいな。)と言った時に、意味のわからなかった麻衣子は、不安を感じるのとは別に、確かに何か期待するものをもっていた。それがもとで、身体が反応し始めているかも知れないことに恥じらいを覚えていた。
(濡れてしまっていないだろうか。)
いくら夫でも、先に自分が感じてしまっている標しを知られてしまうのは、耐えられないほど恥ずかしい。
その期待と不安が、まさか縛られることとは、経験のない麻衣子には想像も出来なかった。
片方の手首に縄を括りつけ終わると次郎は椅子に座った麻衣子の背後に回る。自然と麻衣子の縛られた手首は背中へとねじられて行く。
「で、でも、痛くしないでね。」
暗に服従する意思を含めて、かろうじてそう言った。
(今日は、夫のいう通りになろう。)
麻衣子は心にそう覚悟を決める。性行為のことで、麻衣子が何か口にしたことで、夫の気がそがれて、役に立たなくなってしまったことは、これまでの二人のまだ浅い経験の中ではあったが、度々あった。焦る夫を責める気持ちはないのだが、潤ってしまった自分をそのままに置かれることは、なんとも情けなかった。
不安に何気なく胸元を押さえていたもう片方の手首も後ろから這ってくるように伸びてきた次郎の手に捕えられた。
両方の手首が麻衣子の背中で重ね合わされ、縄できっちり結わえ付けられていく。不思議と痛みは感じない。抑えつけられる緊張感が身体の奥のほうに痺れるように伝わってくる。
両手をきっちり背中で縛り上げると、残った縄が二の腕から豊満な胸に何重にも回されさらに、その端が椅子の背もたれに括付けられた。
その夜は、麻衣子は少し短めの、黄色のタイトなスカートを穿いていた。その短いスカートの裾が縛られている間にすこしずつずり上がっている。勿論、両手の自由を奪われてしまった自分では直すことも出来ない。白い太腿があらわになっている。が、下着まで覗いてしまうほどではない。
麻衣子は恥ずかしさに両腿をすり合せるようにして、ぴっちりと脚を閉じている。
その麻衣子の真正面に次郎はたって、麻衣子の縄の戒めの具合を確かめている。
そして、それから、思いついたように、隣の部屋から横長の低いガラスのテーブルを持ち出してきた。そして何と、そのテーブルを麻衣子が縛り付けられている椅子の真ん前に置くのである。
それから長手のほうのテーブルの端を麻衣子の閉じている脚のほうへぐいぐい押し付けるのである。何をしようとしているのか、麻衣子には瞬間、訳がわからなかった。
テーブルを避けようとして、まさか大股開きになるわけにもゆかず、仕方なく麻衣子はテーブルの上に両脚を乗せるしかなかった。
「えっ、いったいどうするの。」
しかし、次郎はそれには応えず、そのままぐいぐいガラスのテーブルを麻衣子の椅子の下まで突っ込むと、動かないように他のロープを使って椅子とテーブルを固定してしまったのである。
麻衣子は脚の下にテーブルを差し込まれた格好になって、膝を大きく持ち上げた格好で椅子に固定されている。
次郎が再びきびすを返し、隣の部屋に行って、大きな全身が映る姿見を持ってやってきた。全身が映る縦に長い鏡に、洒落たスタンドと脚がついていて、いつも麻衣子が着替えをした後、姿を確認するのに使っているものである。
その姿見を縛られた麻衣子の真正面に次郎は据え付ける。それで、麻衣子は自分の今の格好を真正面に見ることが出来るようになった。
「どうだい、そんな風にされた感想は。」
次郎がなかば興奮しながら聞いてくる。
そのとき始めて、麻衣子は椅子のしたに置かれたテーブルの意味を知ったのだった。
このテーブルの為に膝を大きく持ち上げているので、スカートの奥がおろそかになっている。腿の裏側に白い三角形のかたちに下着が覗いてしまっている。
慌てて麻衣子は脚を斜めに崩し、それが見えないように隠す。しかし、今度は前側の太腿のところで、ずり上がってしまったスカートの為に、逆三角形にパンティが覗いてしまうのだった。このテーブルの為に脚をどう組み替えてもスカートの奥が丸見えになってしまう。
救いを求める様に見上げた麻衣子に、まさにその部分を注視している次郎の熱い視線を見つけたのだった。
「い、嫌っ。はずかしいっ。」
恥ずかしがる麻衣子を尻目に、次郎のほうはその痴態を楽しんでいる風だ。麻衣子は次第に次郎の股間が膨らんでいくのに気付いていた。
「あ、いけない。アレっ。アレがないや。」
突然、次郎は場を白けさすような、素頓狂な声を立てた。
「どうしたの。アレって。」
次郎は頭を掻きながら、また次の間へ向かう。そして、壁に掛けた背広から財布を捜している。
「避妊具だよ。夕方買っておくつもりだったのに、つい忘れちゃった。今、買ってくるから。ちょっと待ってて。」
「え、今から。で、でも。」
「大丈夫。そこのコンビニでも売ってるから。」
「嫌っ、恥ずかしいわ。そこの店はやめて。明日、顔を合わせられないもの。」
「そうか、いかにもこれからしますって雰囲気だもんね。じゃあ、ちょっと遠いけど、二つ道路の向こうに確か自動販売機があった筈だから、そこまで走っていってくるよ。」
「でも、お願い。その間、この縄、解いておいて。」
「駄目、だめ。それを解いちゃったら、気分が盛り上がらなくなっちゃうじゃないか。
ね、こうして、縛られたまま何をされるか想像してたほうが、感じてくるって。」
そう言うと、次郎は両手の自由にならない麻衣子の頭を両手で抱え、キスをしてきた。
熱い舌が無理やり麻衣子の口のなかに入ってくる。
「駄目だ。その気になっちゃうから。ちゃんと準備してからじゃなくちゃね。じゃあ、行ってくるから。大丈夫、鍵は掛けておくから。」
そう言い残すと、次郎は財布を取って出ていってしまう。自由に動けない麻衣子には、次郎が玄関から出て行ったらしい音でしか確認ができない。がちゃりという音は鍵の掛かったことを示しているようには聞こえたが不安でならない。
麻衣子は夫が出ていった後、鏡に映っている自分の痴態をまじまじ眺めることになった。
脚をどう折り畳んでも、膝がかなり上のほうへ持ち上げられている為に、どうしても白いパンティが三角形に覗いてしまう。膝が持ちあがっているのと、スカートがすでに相当ずり上がってしまっている為でもある。タイトスカートなので、一旦ずり上がってしまった裾は引っ張って下げない限り元には戻って呉れない。そして、戻そうにも両手の自由は奪われたままである。
そうこうしているうちに、麻衣子は自分の下着の汚れが気になってきた。さっき腕を捕まれ、手首に縄が巻き付いている間に感じていた、なんとも言えない不思議な面持ちのとき、確かに身体の奥底で、自分では抑え切れないものが興奮していた気がする。そのせいで、自分の恥ずかしい部分が自分の理性とは別に潤み始めていたのを、うすうす麻衣子は気づいていた。
下着のその部分に染みを作っていないか、不安にかられる。
鏡に映ったスカートの奥の白い小さな三角形の隅を見つめる。が、よく見えない。麻衣子は誰も居ないのをいいことに、そっと両方の脚をテーブルの上で少しずつ広げて、その中心が鏡に映るように試みた。
その部分の濡れを確かめるには、少しだけ脚を開いたのでは駄目で、大きく開く必要があった。
麻衣子はもう一度あたりを確かめ、そっと、少しずつ脚を広げていった。
脚を曲げたままで大きく股を開いていくと、下穿きの底があの部分に貼りつくようになる。そのままでじっと眺めていると、確かにまんなかの部分がうっすらと染みを作っている。よく見ようとじっと目を凝らしていると、うっすらどころではなく、じっとりとはっきりとした大きな染みが、下穿きのちょうど真中の大事な部分にくっきり浮き出てしまっているのに気づいた。
麻衣子のこめかみのあたりから、冷たい汗が滑り落ちた。
(どうしよう。)
しかし、その次の瞬間、麻衣子はもっと恐ろしいことに気づいてしまったのだった。
麻衣子の目の前の鏡に映った自分のはしたない姿の更に向こうがわに、キッチンの窓が映っている。その窓には厚手のカーテンが掛かっている。いや、掛かっている筈だったのだが、左右両側から閉められている筈のカーテンの真中の部分が少し開いていて、外の真っ暗闇が見えるのである。
部屋のほうが明るいため、外はどうなっているか全く分からず、こちらからは唯の暗闇が見えるだけである。が、もし、誰かが外を通りかかり、部屋の中を覗いたとしたら、。
麻衣子は突然気づいた事態に戦慄を感じた。窓の外を誰かが通って、そして、カーテンの隙間の明るい室内を覗いたとしたら、とんでもない格好の自分を覗かれてしまうのだ。そして、それを避けようにも両手の自由はなく、椅子にきっちり縛りつけられているために、逃れる術はないのである。しかも、脚がテーブルに持ち上げられていて、スカートの奥まで覗いてと言わんばかりに丸見えの状態なのである。
(あなた、お願い。早く帰ってきて。)
キッチンの窓の外は、麻衣子等が入っているアパートのエントランスで共用エリアである。アパートの住人であれば、誰が通ってもおかしくはなく、また、新聞配達、宅配業者、郵便屋、出前配達等誰がいつ通るとも知れない。
そんな中で、アパートの中が煌煌と明かりがついていて、カーテンが少しだけ開いていたら、誰しも中をちょっと覗いてみたくなるのではあるまいか。そして、そんななかに垣間見たものが、スカートの奥に下着をちらつかせながら縛られた女だとしたら。想像していくだけで、麻衣子は冷や汗が流れてくるのを止めることも出来ない。
麻衣子は身をよじってなんとかこの状態から逃れようと試みる。また、脚でテーブルを蹴って、押やろうとするが、先ほど次郎がしっかり椅子とテーブルを括り付けた為に、まったく動かない。却って脚を動かした為に、ずり上がったスカートが更に捲れあがってしまい、自らパンティを丸見えの状態にしてしまっていた。
その時、ガタっと外で音がした。
一瞬、麻衣子の心臓は凍りつく。カーテンの隙間の暗闇に目を凝らすが何も見えない。が、何かがさっと、カーテンの向こうで動いたような気がした。
しかし、その後、沈黙が流れる。
(覗かれていたかもしれない。)
(ああ、何故、夫はこんなことを思いついたのだろう。せめて、出て行くときに手を解いておいてくれたら。いや、カーテンの隙間に気づいて、それをしっかり閉めておいてくれるだけでもよかったのだ。ああ、早く帰ってきて、この戒めを解いてくれないだろうか。)
麻衣子は切なる気持ちで祈っていた。
ガチャリという音を玄関のほうで聞いたのは、それからどの位経ったのか、麻衣子ももう分からなくなるくらいしてからだった。次郎が遅いのに、もう痺れもきらしきっていたという感じだった。
大きな声をたてて、近所には聞かれたくなかった。麻衣子は努めて小声で言った。
「あなたなの。早くきて。お願いよ。もう、こんな格好、我慢できないの。」
しかし、返事はなかった。沈黙がしばし流れる。
そして、その後に玄関のほうから聞こえてきた言葉が麻衣子を凍りつかせた。
「あのお、誰かいますか。」
それは聞いたこともない声だった。麻衣子は焦った。次郎ではない。誰かが来たのだ。何故、玄関の鍵があいたのだろうか。次郎は鍵を掛けないで出たのだろうか。なんということだ。今、返事をしたものだろうか。返事だけして出ていかなければ変に思うだろうか。しかし、こんな夜に、玄関が開いていて、誰も返事しなかったら、そのまま帰ってくれるだろうか。
次々に不安なことが思い浮かび、どうしようかと迷っているばかりで、麻衣子には為すすべがなかった。とにかく、自分には何も手の出しようがない。そっとじっとして、相手が帰ってくれるのを、或いは次郎が戻ってくれるのを待つしかないのだ。
そんな面持ちでじっと堪えた。が、その後、出て行く風もなく、入ってくるでもなく無音の状態が暫く流れた。(いったいどうしたのだろう。)
麻衣子がそんなことを思いながら、しかし、なにか不穏なものを感じながら顔を上げたとき、こちらをじっと凝視している目と目が合った。そして、その目が疑いようもなく、自分のスカートの奥の股間を凝視していた。
麻衣子は声が出せなかった。出していいものかどうか分からなかった。ただ、じっと相手の目を見つめるしかなかったのだ。
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