エッセイ
私のヒロピン史
私のヒロピン
つい最近(*)、「ヒロピン」という言葉を知った。ネット上で、その道の「オタク」等のみによって通じる業界用語のようなものだ。聞きなれないその言葉は、最初何を意味するのか全く判らなかったが、ネットサーフィンでページを繰るうちにふと「ヒロイン、ピンチ」の略であることがわかった。
* 筆者注:この手記は2005年にしたためた物なので最近というのは2005年頃という意味である。
しかし、その意味するところは、言葉だけではすぐには通じない。以前に「SM一括り」という文章で、日本では何かというとすぐ「SM」という言葉で片付けてしまうが、実際には色んな概念のものを含んでいるという文章をしたためたことがある。
その中で「S&M - Sadism and Mazocchism」、「D&S - Domination and Submission」、「B&D - Bondage and Decipline」、「D&R - Disgrace and resistance」という分類をした。
この中のD&R は自分自身で作った造語だが、これが一番「ヒロピン」に近いように思う。
正義の味方の闘士である女性主人公が、敵に捕まって拘束され辱めを受けようとする、そういうシーンを略して「ヒロインピンチ」というようだ。
このオタクの間では、この「ヒロピン」には微妙なニュアンスがあって、何でもSMでないのと同じように、何でもかんでも「ヒロピン」に含めるわけにはゆかないのだという。これは先の一般に称されるSMを分類してみた自分には大いに肯ける話である。
拷問、緊縛、監禁などのモチーフがよく用いられるのだが、それらを含むことですぐに「ヒロピン」に繋がるわけではない。女主人公が理不尽な罠で捕えられ、縛めや責め苦を与えられるのだが、正義の為に決して屈することなく堪え忍ぶというのがヒロピンなのだ。悪人等の暴行に怯え泣き叫んだり、淫行に感じ入って欲情したり、調教されて服従しきってしまえば、それはヒロピンの範疇から外れてしまうのだ。「正義の為に被虐に屈しない姿」これがヒロピンの真髄なのだろう。
「正義の為に決して屈しない」というところに非現実的な虚構の世界が通常必要となる。従ってその世界を演出するのに主に用いられるパターンが、戦隊ヒーローやメタルヒーローの世界となる。この他にも宇宙刑事物、スパイアクション、女忍者くの一戦士など幾つかのパターンがあるが、現実世界に近いサスペンスドラマなどでは、あわやの危機という緊張感を作りにくく、何等かの現実には在り得ない虚構の要素が必要になるようだ。
一般論はこのくらいにして、自分自身の場合の「ヒロピン」体験について少し語ってみることにしたいと思う。
ヒロピン感情が芽生えるには、幼年期のこれとは若干異なる体験が大いに影響している。それはヒロインではないヒーローのピンチである。
幼年期、おそらく性的な感情が芽生えはじめる小学生の中高学年の前は、異性に対する性的な感情は少なく、こころに響くのは異性ではないヒーローの活躍だろう。
自分の場合で言えば、幼年期に見た「ナショナルキッド」、「まぼろし探偵」、「少年ジェット」、アニメで言えば「宇宙少年ソラン」がその代表例だろう。
これらのヒーロー物が心に残っているのは、悪者を倒す活躍によってではない。そこに至る前の危うくやられそうになる危機、いわゆるピンチの状況なのである。
普段は戦いで全く負けることのないナショナルキッドが、何らかの敵の罠によって力を失い、捕えられて岩に十字に磔にされる。身動き、抵抗の出来ないヒーローの目前で、敵がキッドをいたぶろうとするのだ。あるいは、まぼろし探偵が敵の手に陥ち、縄を掛けられて変装の目隠しを剥ぎ取られようとする。少年ジェットにはこの手のシーンが多かった。一番よく記憶しているのは、敵に捕えられ、次第に満ちてくる海辺の岩に括り付けられるシーンだ。波で打ち寄せる海水が次第に顎のあたりまで満ちてくるのだが、両手を岩にしっかり縄で括り付けられ逃れることが出来ない。
これらのはらはらドキドキするシーンに、何故か性的な興奮を感じてしまうのだ。
これらのものに共通するのは、観ている幼い自分等にとって遠い存在の大人の男ではなく、主人公がどこか自分等にも近い少年であるという要素だろう。自分が縄を掛けられやられてしまうのかもしれないという想像が、どこかで脳の深い部分を刺激してくるのだ。
これら同性のヒーローに性的な刺激を感じるのは変な感情なのだが、時代的な背景もあるのかもしれない。私達が幼年期にあった頃には、今では普通にあるヒーロー物の脇役であるヒロイン達がやられそうになるというシーンは殆ど無かったように思う。それは時代からしても子供が観る物として刺激が強すぎると社会一般に思われていたせいなのだろう。
観る子供の側にも、いたいけな女の子のヒロインが悪者にいたぶられそうになるシーンに、性的な興奮を感じることはないという要素もあるだろう。これは現代においても、若干の年齢の低下はあるものの、基本的に幼年期には異性に対する性的興奮は少ないかもしれない。
にも関わらず、昨今の幼児向けヒーロードラマでヒロインピンチのシーンが多くなってきているのは、作る側の男性製作者たちの密かな願望があればこそのことなのかもしれない。
小学生の中高学年になって、傍らの異性に意識を持ち始める頃になると、最早同性のヒーローの被虐には何の興奮も覚えなくなってきたように思う。一般的な少年ヒーロー物からは離れつつある時期にある。
一方で、同じような子供向けのヒーロー系の番組の中に、徐々にヒロインが現れはじめ、これらの番組には密かな興奮とともに興味を持ち始めている。
その代表作が、ヒーロー物からは若干路線が離れるが、非現実世界のコメディであった「コメットさん」だろう。当時うら若い九重由美子が短いスカートで登場し、スカートの裾が乱れようとするだけで、魅入ってしまっていた。
この時代のもう一つの作品には「ウルトラQ」がある。この頃から、やっと宇宙物、怪獣物の中に女性隊員が加わるようになり、それらヒロインのピンチシーンが極たまにではあるが現れるようになる。毎回は出てこないが、時たま、女性隊員が悪者の手に捕えられ、縛られて責められることがあるだけで、ついついつまらない怪獣のシーンも見続けたのである。
今では定かでない記憶で、断片的にしか思い出せないのだが、忘れられないシーンの番組がある。空手の達人の女刑事か女探偵であったように思う。タイトルも主人公の顔も思い出せないが、モノクロの時代だったのは間違いない。いつもは悪人たちを得意の空手でばった、ばったとなぎ倒すのだが、その時は数人の男たちに取り囲まれ、一斉に飛び掛られて押さえ込まれてこまれてしまう。下腹部に一撃を受けて気を失い縄をかけられてしまう。そのまま何と荷送り用の木箱に縛られたまま梱包されてしまうのだ。憶えているのはたったそれだけのシーンなのだが、子供心にはなんとも刺激的なシーンだった。荷箱に詰められた格好ははっきり映ってなく、想像するだけなのだが、おそらくスカートの裾も乱れているだろうと考えただけで胸がわくわくしていた。
またこの頃から、徐々に日本のテレビ界も、洋物の輸入番組に頼るようになる。その中にこの流れを組む代表作として「宇宙家族ロビンソン」が挙げられる。これは日本の「コメットさん」と同様に宇宙物の非現実世界ではあるが、戦い物というよりコメディ物に近い。しかし、このドラマで何より重要だったのは、家族の中で娘役を演じていたアンジェラ・カートライトの存在だろう。何はさておいて、この若い女優を垣間見る為にこの番組を観ていたといっても間違っていない。残念なのは、コメディタッチであるだけに、はらはらシーンはあっても、悪者にやられそうになるというヒロインピンチシーンが無かったことだろう。
これらの非現実ヒーロー物に代わって、女性のはらはらドキドキシーンを提供してくれたのは、洋物の刑事、スパイアクション物である。これらの番組には、それまでの子供向けヒーロー物にはあまり盛り込まれることのなかった禁断のお色気シーンがふんだんに盛り込まれていた。
この代表格は刑事物「バークにまかせろ」とスパイ物「0011ナポレオンソロ」だ。しかしお色気シーンはお決まりの定番ではあったのだが、ヒロピンの路線とはちょっと外れていたと言わざるを得ない。出てくる女性は主役ではなく、ピンチのシーンでも屈服することなく耐えるというのとはちょっと違う。
その物足りない想いを満たしてくれたのが、危機一髪シリーズ、なかでも「ハニーにおまかせ」という題名の女探偵ドラマの主人公ハニーウェストだった。毎回、タイトルバックで現れる男を背負い投げで投げ飛ばすシーンでは、薄いサテンのドレスの裾が乱れて太腿が見えそうになる。
危機一髪シリーズというだけあって定番のシーンは、ハニーが独りで悪人のアジトに忍び込み、あと少しというところで敵に見つかって銃を向けられ、手を挙げさせられる場面である。そのまま縛られて床に転がされることもあった。
間抜けな男の助手とコンピを組んで活躍しているのだが、一番印象に残っているのは、この助手が自分独りで手柄立てたさに、気を失っていたハニーを椅子に後ろ手に縛って括りつけてしまうシーンだ。助手の男は独り敵陣へ出掛けていくが、その留守に敵の男がハニーの前に現れてしまう。手の自由を奪われ、何の抵抗も出来ないハニーの傍へ敵が近寄ってきて、ハニーの顎をしゃくりあげるのだ。実際に服を剥ぎ取られたり、恥ずかしい場所を触られたりすることはないのだが、そういうことをされてもおかしくない状況というだけで興奮したものだ。
この路線はその後もアメリカテレビ劇にずっと踏襲されていて、近年では「ブルームーン探偵社」などというのがこの延長線上にある。
それからずっと年代が離れるが、女探偵アクション物の日本版で一世を風靡した番組に、「キーハンター」がある。また似た様な番組として「プレイガール」というものもあった。いずれも女探偵がスカートのまま派手なアクションの立ち回りをして、裾の中が覗きそうになるというのが売りのお色気ものだった。が、派手な乱闘シーンが色っぽいというだけで、ストーリー的なヒロピン、やられそうになっても屈しないという場面は比較的少なかったようだ。
何と言っても、ヒロピンの真髄は1980年代の特撮ヒーロー物といっていいだろう。その先駆けとなっているのが、円谷プロの「ウルトラQ」と「ウルトラマン」シリーズである。しかしこのふたつには女性隊員が登場し、ヒロピンに近い要素がない訳ではないが、基本的に女性の登場人物はヒロインではない。
ヒロインが活躍し危機に陥ってはらはらさせるようになるのは、メタルヒーロー宇宙刑事三部作とも言われる「宇宙刑事ギャバン」、「宇宙刑事シャリバン」、「宇宙刑事シャイダー」である。
この中で自分自身が実際によく観ていたのは、三作目になる「宇宙刑事シャイダー」だった。ヒロインは有名な森永奈緒美が演じた女刑事アニーである。股下ぎりぎりまでしかない短いスカートで走り回り、格闘シーンでは惜しげもなくパンチラを披露した。しかし何と言っても圧巻は、シャイダーをおびき寄せる為に捕まって磔にされ、いたぶられるシーンだろう。最初は敵をどんどん倒しながら活躍しているのに、途中で捕まってしまい繋がれてしまうが、決して屈することがないというのは、ヒロピンというコンセプトの真髄と言えるだろう。
この後、80年代から90年代にかけて、被虐のヒロインが登場する幾つものメタルヒーロー物が作られている。が、中でも最も記憶に残っているのは、「特警ウィンスペクター」に登場した藤野純子女刑事だろう。メタルヒーロー物のヒロインとしては珍しく特殊隊員の制服ではなく、普通の人間らしい私服のスーツで登場する。女刑事役なので、タイトなスーツが多く、多少短めな程度なのだが、派手な格闘ではタイトなスカートはかなりきわどいところまでずり上がってしまう。しかし、裾の中の下着を覗かせないことでは定評のある演技で、きわどいシーンが余計に観るものを惹きつけてしまうのだ。
生身の人間という設定だけに、拷問などの設定を作りにくいのだが、格闘シーンでのやられそうになる場面は多かった。一番記憶に残っているシーンはバスジャックの設定で、子供が誘拐され、それを庇う為にバスの中で座席前の手摺に手錠で括りつけられてしまうのが出てくる回だ。手錠で自由を奪われただけで刺激的なのに、その後、ヒーロー役のウィンスペクターをおびき出す為に敵のアジトで両手吊りで吊るされるのだ。井戸か何かの上に脚を開かされて立たされていた様な記憶もあるが、定かではない。微かにある記憶では純子刑事が人の字の格好で上から縛られて吊られていた格好である。この後、変身したウィンスペクターの一発の射撃で、縄を切られて解放されてしまうのがなんとも安易な演出で興ざめではあったのだが。
この後、90年代後半は、メタルヒーローは歴代仮面ライダーとなり、併行して戦隊ヒーロー系が新たに台頭してくるようになる。仮面ライダー系は女ヒロインが活躍する場がなくなり、戦隊物では五人程度のグループに二人程度のヒロイン系が必ず加わって一緒に闘うのだが、グループのヒロインだけが危機にあうという場面設定がしにくいようで、いわゆるヒロピンシーンは少なくなっていったようだ。しかし、そんな戦隊物の中でも超力戦隊オーレンジャーは、団員個別の個人活動のシーンが比較的多く、ヒロイン単独のピンチシーンもそれなりにふんだんに盛り込まれていたように思う。中でも印象的なのが、佐藤珠緒が演じていたオーピンクが、煮えたぎる大釜の上に縛られて吊り下げられ、あわや釜茹でにされかけるというシーンだろうか。
その他にもオーレンジャーでは、敵から女隊員が、着ている服を剥ぎ取られてしまったりという子供向けにはかなり過激なシーンも多かったように思う。
併行して放映されていたメタルヒーローと戦隊ヒーローとは別に90年代になって出てきたものに、ヒーローの脇役あるいは助手的な立場というのではない、ヒロインそのものが主人公の特撮物がある。その代表例が90年代初頭の「美少女仮面ポワトリン」だ。これは勧善懲悪物で「コメットさん」の流れを汲むものとも言える。
この女主人公ものでは、必ずヒロインが危機を迎えるので、ヒロピンの骨頂に再び近づいたとも言える。ポワトリンでは、捕えられて縛られるシーンは必ずしも多くはないが、何度かはそういうシーンが登場する。
ポワトリンは日常生活の中を描いたもので、その意味ではコメットさんに近いのだが、その後、宇宙物、戦隊物に近い超現実的世界でのヒロインの活躍を描く物が現れる。「仮面天使ロゼッタ」がそうで、「バニーナイツ」、「ボイスラッガー」と続いていく。変身した時の制服衣装も次第に過激になっていき、その後のコスプレワールドの世界に続いていく。コスプレ物のアダルトビデオは大体がこの「バニーナイツ」、「ボイスラッガー」の世界を流用しているようだ。
現代では、ヒロピンの世界は、専らアニメの主人公が主流で、場面状況設定もしやすいせいなのだろうが、実写物で育ってきた自分等の世代には馴染みにくいような気がする。
最近知ったネット上のヒロピンの世界でも、CGを使ったアニメの被虐ヒロインが最も多く、実写物にしても、アニメが題材となっているもののコスプレが殆どのようだ。戦隊物、メタルヒーロー物共に現代でも脈々と続いて製作されてはいるが、ストーリー展開が殆どヒロピンの世界から離れてしまっているのは淋しい限りだ。
2005.11.16脱稿
top頁へ戻る