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エッセイ


えっちの語源

 つい先日のことだが、巷でよく使われる「えっち」という言葉について、三島由紀夫大賞を取られた元東大総長の作家、蓮実重彦氏が、その著作である「反=日本語論」の中で書いておられたのを思い出した。
 確か、最初に使ったのは明石家さんまであると書いていたような気がしたのだが、記憶がおぼろげなので図書館で借りてきて確認してみた。
 すると、斜め読みではあるのだが、えっちの語源について書かれている箇所はほんのちょっとしかない。しかも明石家さんまという人物はちっとも出て来ないのだ。そしてえっちの語源は文脈からしてどうも変態という言葉から来ているらしいぐらいにしか触れられていないのだった。
 明石家さんまが最初に使ったというのを私が何故知っているのか、不思議に思ったのだが、そもそも反=日本語論なる本があって、蓮実重彦なる人物(その当初はまだ三島由紀夫大賞さえ受賞していなかった)が書いた著作だなどとどうして知っていたのだろうか、その事も不思議だった。が、日記を検索して反=日本語論を読む事になったきっかけを探っていて、さるテレビのバラエティ番組の中で、林修先生がこの本の紹介をしていたのを聞いたのがきっかけであることを突き止めた。だとすれば、その番組の中でおそらくは林修氏が日本で最初に「えっち」という言葉を使ったのは明石家さんまであると述べられたに違いない。

 えっちが変態という言葉の頭文字から来ているというのはおそらくは間違いないのだろう。しかし、最早えっちは変態という意味合いとは異なったニュアンスで使われていることも間違いないことだろう。性風俗に関することは、時代と共にどんどん変化していく。えっちという概念と変態という概念がかなり近かった時代はあったのだろうが、今現在でエッチを変態の意味で使う人は居ないだろう。そもそも元になった変態の意味ですら時代と共に大きく変わってきているような気がする。
 私が小学生ぐらいの子供だった頃、変態性欲という言葉が使われていた。私にその言葉を教えてくれた親友は、おそらくは年上の兄か兄の友人あたりから教えられたのだろうが、変態性欲にはセックス・マニア、サディズム、マゾヒズムなどがあると教えてくれた。変態性欲がそのうち性欲が取れて変態だけで同じ様な意味をあらわすように変化していったのだろう。もともとは虫の幼虫がサナギに変化するようなことを言い表していた言葉の筈だ。
 私の小学生時代に普通に使われていたのは「いやらしい」、あるいは「やらしい」という言葉だったと思う。その少し前の時代には「すけべ」、あるいは「すけべい」とか「すけべー」という言葉が使われていたようだ。
 すけべは、江戸時代あたりから助兵衛が変化して出来た言葉だという通説があるようだ。好き物という言葉があって、それに当て字をして出来た言葉らしい。
 すけべ、いやらしい、変態、えっちに通じる概念は、性的な事で、人前で口にするのは憚られるような、あるいは口にすると恥ずかしい事柄を臆面もなく口にするというようなニュアンスだと言えるだろう。従って時代によってどんどん変化していく。嘗てはキス、すなわちくちづけでさえ、人前で口にするのは憚られる時代があって、キスの事を話題にしようものなら変態扱いされたということなのだろう。ここでいう変態は勿論アブノーマルセックスの事である。
 キスはもちろん現代では変態とは言わないだろうし、通常の(通常というのも変だが)性行為であっても変態とは言わない。SMという言葉が人口に膾炙するようになってからはSMでさえも変態扱いではなくなりつつある。あいつはドSだ、ドMだなどという言葉は最早恥ずかしくて口に出せないということはない。更につい最近ではLGBTという言葉が使われるようになって、男女間のそれこそ普通ではない感情でさえも変態の範疇から除外しようとする動きさえある。
 えっちについて言えば、「いやん、エッチ!」、「エッチな話」、「エッチする エッチした」では微妙に意味するものが違っているように思われる。こういう曖昧な言葉だからこそかもしれないが、エッチを英訳するのは難しい。えっちの意味する概念のひとつにSEXYというのがある。英語圏の世界でも同じで、言葉の意味が性に関するものであれば、時代とともにどんどん変化するようだ。現代ではSEXYは魅力的ぐらいの意味で使われ、必ずしも性的な要素を含むとは言えないようだ。試しにグーグル翻訳でSEXYは日本語で何と表記されるか調べてみたら「セクシー」だった。カタカナにするぐらいしか変換のしようがないという事なのだろう。
 また似たような言葉でエロテックという言葉がある。これも同じ様にグーグル翻訳で検索してみても、日本語訳は「エロティック」だった。これでは最早翻訳になっていない。日本語でも「エロい」などと形容詞化して使われることもあるようで、意味するところも時代とともに変化してきているようだ。エロティシズムなどという言葉も人類の根源に関する言葉なので、簡単に翻訳解説出来るような種類のものではないのかもしれない。

2017.1.27

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