エッセイ
ミニスカートの欺瞞
この一文をしたためる前に書いたエッセイに「アンダースコートについて」というものがある。それを書いている時にふと頭に浮かんだことで書いておきたくなった話題だ。
「ミニスカートは・・・だ。」という幾つかの表現がある。
1) ミニスカートは可愛い。
2) ミニスカートは美しい。
3) ミニスカートは魅力的だ。
4) ミニスカートは刺激的だ。
5) ミニスカートは煽情的だ。
この場合の主語の「ミニスカート」はわざわざ断るまでもないが、衣服としての物理的な衣装そのものを差しているのではなくて、それを着用している女性がどうかという議論だ。
ミニスカートが可愛いという表現はそれを着用している女性がかなり若い場合に限られる。但しそれが幼児ぐらいの本当に幼い場合にはミニスカートだから可愛いのではなく本人そのものが可愛いので、ミニスカートだから可愛いということはまずない。
問題なのは女子高生ぐらいとか、ティーンエイジャーぐらいの女性タレントの場合で、安易に使われがちな表現だが、「可愛い」という表現はかなり嘘くさい。殆どの場合は可愛い娘の場合はミニスカートでなくても可愛いし、そうでない場合にはミニスカートでも可愛くは見えないからだ。
「ミニスカートの女性は美しい」という言葉になると微妙なニュアンスを含んでくる。確かにミニスカートからすらりと露出される脚は美しく感じることはある。そかしそれは着用している女性自身が美しい場合は、先の「可愛い」と同様でミニスカートかどうかは関係ない。
「ミニスカートから露出される脚は美しい」となると、美しいのはスカートではなく見えている脚が美しいということになる。一見的を射ているようにも思えるが、脚のどこが美しいのかと冷静に考えてみると疑問が生じる。
それはミニスカートをより美しく、魅力的な要素に見せるものとしてロングブーツやハイソックスというものがある為だ。つまり膝より下の部分、脛に当る部分を隠したほうがより美しく魅力的に見えるという事実だ。これは単なる個人的な感想ではなく、多くのミニスカートを着用する女性タレントやモデルがミニスカート着用と同時にこれらロングブーツやハイソックスを着用する傾向にあることから間違いないことだと思われる。
だとすると美しいのは脚そのものではなく、ロングブーツやハイソックスで隠されないいわゆるよく絶対領域と称される太腿部分だということになる。「太腿部分が美しい」と言い換えてしまうと「美しい」という表現は適切でないことがよく分かる。
ミニスカートは「魅力的だ」、「刺激的だ」、「煽情的だ」はいずれもほぼ同じことを言っていると思われる。つまりは性的に興奮させられるということを若干マイルドにしたり直接的に表現しているかの違いに過ぎない。そしてこのことはロングブーツやハイソックスで脛以下の部分への意識が薄れ、太腿部分に関心が強調されてしまうことからもよく分かる。ミニスカートから露出されている太腿は、その上に隠されているスカートの奥の部分をより強く想像させるから「魅力的」で「刺激的」で「煽情的」なのだ。それもただ想像させるだけではない。想像だけだったら太腿の上に着用しているのがショートパンツだったり、より際どく見えるホットパンツだったり、あるいは更にぎりぎりまで見えるハイレグの水着だったりしても同じ筈だが、ミニスカートはもしかしたら見えてしまうかもしれないという期待感がそこにあるからなのだろう。
この場合、見えてしまうかもしれない期待感をそそるものというのは隠しておきたい下着ということになる。下着は性器を蔽う着衣であるが、見えてしまうかもしれない期待感をそそるものは下着であって性器そのものではない。太腿から上に見えているものが水着だったり下着そのものだったりした場合には、ミニスカでそそられる「もしかしたら見えてしまうかもしれない」という期待感をもたらす要素は無いからだ。
ここに男性に性欲をそそらせる、あるいは逆に女性の立場から男性に性欲をそそらせたいミニスカと下着のマジックがあるのだ。見られたくないと思っているから余計に観てみたい、見たいと思っていると判っているから見られるかもしれない格好をしてみたいという男女それぞれの立場が垣間見れるのだ。アンダースコートについて文章を書いている際にふと思ったのはそんなことだった。
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